アウステルリッツ
- 原題
- Austerlitz
- 作者
- W・G・ゼーバルト
- 成立
- 2001
- 国
- ドイツ
- 時代
- 戦後
概要
2001年に刊行された長篇小説である。作者ゼーバルトは、その翌年、交通事故で急死した。生前に完成させた最後の長篇にあたる。
主人公ジャック・アウステルリッツは、建築史を研究する男である。イギリスで、牧師の里子として育てられ、自分の本当の出自を知らずにきた。中年になって、自分がかつて、別の名を持ち、別の場所から来たことを、次第に思い出していく。
物語は、名前を持たない「私」が、ヨーロッパの各地の駅や街で、偶然にアウステルリッツと出会い、その語りを聞く、という形をとる。アウステルリッツが語る自らの半生を、「私」が伝聞として記録する。「〜とアウステルリッツは言った」という句が、繰り返し挿入される、独特の語りの構造を持つ。
文章には、写真が数多く挿入される。建物、駅、風景、そして人物の古い写真。これらの写真が、テクストと響き合い、記憶と喪失の主題を、視覚的に補強する。 写真の真偽は、しばしば曖昧なままにされる。
ゼーバルトは1944年、ドイツの生まれ。長く、イギリスの大学で、ドイツ文学を教えた。ドイツ人でありながら、生涯の大半をイギリスで過ごした、越境的な立場の作家である。
ゼーバルトの作品は、独特の形式を持つ。小説、回想、旅行記、歴史記述が、境界を曖昧にしたまま、融合する。写真の挿入も、その特徴である。事実とも虚構ともつかない、記憶をたどる散文が、ゼーバルトの文学の核心にある。
主題は、一貫して、記憶と喪失、とりわけ、ホロコーストの記憶である。ゼーバルトは、戦後生まれのドイツ人として、自国が犯した罪の記憶に、生涯、取り憑かれていた。この作品は、その主題を、最も正面から扱った作品にあたる。
刊行の翌2001年12月、ゼーバルトは、イギリスで自動車を運転中、心臓発作を起こして事故を招き、死去した。五十七歳だった。国際的な評価が、まさに高まっている最中の突然の死だった。
文学史における評価と影響
20世紀末から21世紀初頭の最も重要な作家の一人として、ゼーバルトは高く評価されている。その独特の形式と、記憶をめぐる深い思索は、多くの作家と読者に、大きな影響を与えた。
この作品の中心にあるのは、記憶と、その喪失である。アウステルリッツは、自らの過去を、封印してきた。それを掘り起こす過程が、物語をなす。だが、掘り起こされるのは、確かな事実ではなく、断片と、空白と、失われたものの痕跡である。過去は、決して完全には取り戻せない。 この埋めがたい喪失の感覚が、作品全体を覆っている。
ホロコーストの扱い方も、独特である。ゼーバルトは、収容所の惨劇を、直接には描かない。代わりに、建物、駅、写真、記録映画といった、間接的な痕跡を通じて、失われたものへと、迂回して近づく。残虐を直視するのではなく、その不在と、痕跡を、静かにたどる。 この抑制した接近の仕方が、かえって、喪失の深さを、際立たせる。
写真とテクストの融合という手法も、この作品を特徴づける。挿入された写真は、証拠のようでいて、その真偽は曖昧である。記憶が、確かなようでいて、あやふやであるのと、同じように。 写真は、テクストの主題を、視覚的に反響させる。
建築という主題も、独特の意味を持つ。アウステルリッツが研究する巨大な建造物——要塞、駅、収容所——は、しばしば、権力と、抑圧と、死に結びついている。人間が作り出した壮大な構造物の底に潜む、暴力の歴史が、静かに示される。
日本でも訳が読める。静かで、緩やかな散文だが、その底に流れる喪失の感覚は、深く残る。
あらすじ
「私」は、1960年代、ベルギーのアントワープの駅で、一人の男と出会う。建築を研究するアウステルリッツである。以後、数十年にわたって、二人は、ヨーロッパの各地で、偶然のように再会を重ねる。そのたびに、アウステルリッツは、自らの研究と、そして少しずつ、自らの人生について、語る。
アウステルリッツは、ウェールズの厳格な牧師の家で、里子として育った。自分の本当の名も、出自も、知らずに育った。 育ての親は、それを決して語らなかった。長じて、アウステルリッツは、建築史の研究者になる。駅、要塞、裁判所といった、巨大な建造物の歴史を、執拗に調べる。だが、自分自身の過去については、長く、扉を閉ざしていた。
ある日、ロンドンの駅の待合室で、アウステルリッツは、突然、幼い日の記憶の断片に襲われる。この駅に、幼い自分が、たった一人で、到着したことがある——。この体験をきっかけに、封印されていた過去が、少しずつ蘇り始める。
アウステルリッツは、自らの出自の探索を始める。やがて、判明する。アウステルリッツは、ナチス占領下のチェコ、プラハのユダヤ人の子だった。 第二次大戦の直前、幼い子どもたちをナチスの手から救うため、イギリスへ避難させる「キンダートランスポート」という活動があった。アウステルリッツは、その一員として、四歳のとき、たった一人、汽車でイギリスへ送られたのだった。両親は、プラハに残った。
アウステルリッツは、プラハを訪れ、かつて自分を知っていた、母の友人だった老女を探し当てる。母がどんな人だったか、どんな暮らしだったかを聞く。そして、母の運命を知る。母は、ユダヤ人の収容所テレージエンシュタットに送られ、後に、東の絶滅収容所へ移送されて、殺されたと考えられる。父もまた、ナチスの迫害の中で、消息を絶っていた。
アウステルリッツは、母が送られた収容所テレージエンシュタットを訪れる。ナチスが、国際赤十字の視察をごまかすために、この収容所を、あたかも快適な「ユダヤ人の町」であるかのように偽装した記録映画が残っている。アウステルリッツは、その映画を、繰り返し、スロー再生で見る。 そこに、母の姿を探して。だが、確かなことは、何も分からない。
過去を探索するほど、失われたものの大きさが、明らかになる。アウステルリッツは、父の消息を求めて、パリへ向かう。物語は、探索の途上で、開かれたまま閉じられる。失われたものは、決して完全には取り戻せない。