シェイマス・ヒーニー

原綴
Seamus Heaney
生没
1939–2013
出身
北アイルランド・ロンドンデリー県モスボーン
イギリス
時代
20世紀以降

生涯

1939年、北アイルランドの農家に生まれた。九人きょうだいの長男である。北アイルランドはイギリスの一部だが、住民はプロテスタント系とカトリック系に分かれ、ヒーニーの家はカトリック系だった。奨学金を得てベルファストの寄宿学校からクイーンズ大学へ進み、教員となる。

1966年に最初の詩集を出した直後から、北アイルランドの情勢が悪化する。1968年に公民権運動への弾圧をきっかけとして衝突が始まり、以後三十年にわたって数千人が死亡する紛争(ザ・トラブルズ)が続いた。1972年、身の危険もあってベルファストを離れ、アイルランド共和国側のウィックロー県へ移住する。この移住は、故郷を捨てたとして批判もされた。

その後はダブリンに住み、ハーヴァード大学とオックスフォード大学で教えた。1995年にノーベル文学賞を受賞。2013年、ダブリンで74歳で死去した。

作風

出発点は、生まれ育った農村の労働と土である。泥炭を掘る、じゃがいもを掘る、井戸をのぞく——手で触れられる具体的な作業を、正確な語で書く。詩「掘る(Digging)」では、父と祖父が泥炭を掘る姿を見ながら、自分はペンで掘ると述べる。

紛争が激しくなると、これを直接告発する詩ではなく、遠い時代の出来事に重ねて書く方法をとった。詩集『北(North)』では、デンマークの泥炭湿地から出土した鉄器時代の遺体を扱う。生贄として殺され、湿地に保存されたその遺体を、現在の暴力の犠牲者と重ねる。どちらの側にも与しないという立場からくる書き方で、態度が曖昧だという批判も受けた。

言葉の選び方には、古英語やアイルランド語に由来する、子音の詰まった硬い語を好む傾向がある。

作品

第一詩集『あるナチュラリストの死(Death of a Naturalist)』(1966年)で農村の記憶を書き、『北(North)』(1975年)で紛争と歴史を扱った。以後、『山査子のランタン(The Haw Lantern)』(1987年)、『水準器(The Spirit Level)』(1996年)など十数冊の詩集を出している。

1999年に刊行したベーオウルフの現代英語訳は、詩集としては異例の部数で読まれた。古英語の頭韻の運びを英語で再現しつつ、北アイルランドの日常語を随所に入れている。原詩の冒頭にある注意を促す一語を、ヒーニーは伯父たちが話し始めるときに使う「So.」と訳した。

文学史における立ち位置と影響

20世紀後半の英語圏で、最も広く読まれた詩人の一人とされる。イェイツ以来のアイルランドの詩の系譜に置かれ、ノーベル賞の選考でもその点が挙げられた。

政治的な主題を扱いながら、標語や告発に流れずに書き続けた点が評価される。同時に、その慎重さが不徹底だという批判も長く付きまとった。この対立は決着していない。

1982年、イギリスの詞華集に「イギリスの詩人」として収録された際には、自分の旅券は緑(アイルランド共和国のもの)だという趣旨の公開書簡を詩の形で発表し、収録を断っている。北アイルランド出身の書き手が置かれた位置を示す出来事として知られる。