ジョン・ドライデン

原綴
John Dryden
生没
1631–1700
出身
ノーサンプトンシャー州オールドウィンクル
イギリス
時代
17-18世紀

生涯

1631年、イングランド中部ノーサンプトンシャー州に生まれた。ケンブリッジ大学に学んだ。その生涯は、イギリスが、内戦、共和政、そして王政の復活という、激動の時代と重なる。

1660年に王政が復活すると(王政復古)、ドライデンは、詩によってその時代を活写し、文壇の中心へと登りつめた。国王の任命する桂冠詩人(ポエット・ロレート)にも選ばれ、当代随一の文人として君臨した。詩、戯曲、翻訳、批評と、あらゆる分野で健筆をふるった。

だが晩年、名誉革命によって政治情勢が変わると、カトリックに改宗していたドライデンは、桂冠詩人の地位を失った。以後は、古典の翻訳などに力を注いだ。1700年に没した。

作風

ドライデンの詩の身上は、明晰さと、力強さにある。とりわけ二行ずつ韻を踏む対句(ヒロイック・カプレット)を、みごとに使いこなした。均整のとれた、切れのよいこの詩形によって、論理や諷刺を、力強く、明快に展開した。

諷刺詩に、とくにすぐれた。同時代の政治的な対立を題材にした諷刺詩では、聖書の物語になぞらえて、政敵を鋭く風刺した。機知に富み、論理的で、しかも激しい。ドライデンの諷刺は、笑いと批判を、格調高い詩に結晶させた。

批評家としての功績も大きい。演劇や詩をめぐる評論を、明晰な散文で書いた。作品を、理性にもとづいて論じるその方法は、イギリスの本格的な文芸批評の出発点とされる。詩人であると同時に、すぐれた理論家でもあった。

作品

『アブサロムとアキトフェル(Absalom and Achitophel)』(1681年)

当時の王位継承をめぐる政治的な陰謀を、旧約聖書のダビデ王とその子アブサロムの反逆の物語になぞらえて風刺した、諷刺詩である。政敵を鋭く、しかし格調高い詩でとらえた、ドライデンの諷刺詩の代表作にあたる。

『劇詩論(An Essay of Dramatic Poesy)』

演劇のあり方をめぐる、対話体の評論である。古代と近代、イギリスとフランスの演劇を論じたこの著作は、イギリス近代批評の礎とされる。

晩年には、古代ローマの詩人ウェルギリウスの翻訳など、多くの翻訳も残している。

文学史における立ち位置と影響

ドライデンは、王政復古期のイギリス文壇を主導した文人として文学史に名を残す。詩、戯曲、翻訳、批評のすべてにわたって活躍し、その時代の文学の水準そのものを形づくった。

その最大の功績は、続く十八世紀の文学への道をならしたことにある。明晰さ、均整、理性を重んじるその作風は、ポープらが完成させる、十八世紀の新古典主義の文学を、直接に準備した。とりわけ対句を駆使した諷刺詩の伝統は、ドライデンからポープへと受け継がれた。

明晰な散文による批評の確立も、後世に大きな影響を残した。イギリスの文芸批評は、ドライデンを一つの出発点として展開していく。十七世紀後半のイギリス文学を代表する、多才な文人とされている。

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