トマス・カーライル
- 原綴
- Thomas Carlyle
- 生没
- 1795–1881
- 出身
- スコットランド・エクルフェカン
- 国
- イギリス
- 時代
- ヴィクトリア朝
生涯
1795年、スコットランド南部の村エクルフェカンの、敬虔で貧しい家に生まれた。両親は厳格なカルヴァン派の信仰をもち、その道徳観は、カーライルの生涯を貫いた。エディンバラ大学に学び、聖職者をめざしたが、しだいに伝統的な信仰への疑いを深めた。
若いころ、ドイツの文学と哲学に傾倒した。とりわけゲーテを敬愛し、その作品を翻訳・紹介した。ドイツ観念論の思想は、カーライルの思考の土台となった。
著述家として、歴史や社会、思想についての著作を次々と発表した。難解ながら力のこもったその文章は、ヴィクトリア朝の知識人に、大きな影響を与えた。晩年は、時代の指導的な思想家として、尊敬を集めた。1881年に没した。
作風
カーライルの文章は、独特である。うねるような長い文、感嘆と反語、そして預言者めいた激しい語調。整った論理よりも、内側からほとばしる確信によって、読者を圧倒する。この、説教者を思わせる熱を帯びた文体そのものが、カーライルの思想と一体になっている。
その思想の中心には、産業社会への厳しい批判がある。すべてを金銭と利益で測る、当時の物質主義を、カーライルは激しく糾弾した。人間の絆が、金の勘定だけの、冷たい関係に変わってしまったことを嘆いた。機械文明が人間の魂を痩せさせる、と警告した。
その一方で、英雄の役割を重んじた。歴史を動かすのは、大衆ではなく、傑出した個人、すなわち英雄だと考えた。混迷する時代には、進むべき道を示す、誠実で偉大な指導者が必要だと説いた。この英雄崇拝の思想は、後世に大きな議論を呼ぶことになる。
作品
『衣裳哲学(Sartor Resartus)』(1836年)
架空のドイツ人哲学者の思想を紹介するという、奇抜な枠組みの作品である。衣服になぞらえて、世界の表層と、その奥にある精神的な真実を論じた。カーライルの思想と、独特の文体を示す代表作にあたる。
『フランス革命史(The French Revolution)』(1837年)
フランス革命を、劇的で生き生きとした筆致で描いた歴史書である。事実の記述にとどまらず、革命のうねりそのものを、読者に体感させる。歴史叙述の名作とされる。
講演をまとめた『英雄崇拝論(On Heroes, Hero-Worship)』は、その英雄史観を説いた著作である。
文学史における立ち位置と影響
カーライルは、ヴィクトリア朝を代表する思想家として、その時代の精神に深く関わった。産業社会が生む物質主義と、人間の疎外への批判は、多くの同時代人の共感を呼び、社会を問い直す視点を提供した。
その影響は、文学にも及んだ。産業社会の非人間性を告発するその視点は、ディケンズをはじめとする、同時代の社会派の小説家たちにも共有された。時代の良心として、カーライルは仰がれた。
ただし、英雄を重んじ、大衆を軽んじるその思想は、後の時代に、強い批判にもさらされた。指導者への信頼を説くその主張は、二十世紀の歴史をふまえて、慎重に問い直されている。時代への鋭い診断と、危うさとを、あわせもつ思想家とされている。