フョードル・グラトコフ

原綴
Фёдор Гладков
生没
1883–1958
出身
チェルナフカ村(現ロシア・サラトフ州)
ロシア
時代
ソヴィエト期

生涯

1883年、ヴォルガ川中流のサラトフ県チェルナフカ村に、貧しい農家の子として生まれた。苦学して教員になり、革命運動に加わる。帝政期には流刑も経験した。

革命後は、南ロシアの工業地帯で働きながら書いた。この時期に見た、内戦で止まった工場を立て直そうとする労働者たちの姿が、代表作の土台になる。1925年に『セメント』を発表して広く読まれ、以後ソ連の作家として活動を続けた。晩年には自身の生い立ちを描いた自伝的な作品も残している。1958年に死去した。

作風

グラトコフが持ち込んだのは、工場や建設現場そのものを物語の中心に据える書き方である。恋愛や個人の内面ではなく、生産をどう立て直すかという集団の課題が筋を動かす。荒廃した設備、足りない資材、労働者どうしの対立を乗り越えて、工場がふたたび動きだす——そこに達成が置かれる。

この「生産小説」と呼ばれる型は、のちの社会主義リアリズムの定番になった。国家の建設に励む人々を描き、その努力が実を結ぶ形で閉じる。個人の幸福は、集団の事業のなかに位置づけられる。グラトコフはその枠組みを、公式の方針が定まる前に先取りしていた。

なお『セメント』は、時代の要求に合わせて作者自身が繰り返し書き直している。同じ作品が版ごとに変わっていく点は、ソ連文学が置かれた条件をよく表している。

作品

『セメント(Цемент)』(1925年)は、内戦から戻った労働者が、止まってしまったセメント工場の再建に取り組む物語である。工業の復興を主題の中心に据えた点が新しく、生産小説の出発点とされた。社会主義リアリズムが公式化される前に、その方向を示した作品にあたる。

文学史における立ち位置と影響

社会主義リアリズムの型を準備した作家の一人である。1934年に方法が公式化されるより早く、グラトコフは「建設に励む集団」を主人公にする書き方を確立していた。以後、ダム・鉄道・工場を舞台に、社会主義の建設を描く無数の小説が書かれるが、その原型が『セメント』にある。

作品の評価は、生産小説という型そのものの評価と結びついている。国家の事業を称える文学として規範的な地位を得た一方、体制の崩壊後は、その図式的な性格が問われることになった。文学史では、社会主義リアリズムがどんな主題と構造を持っていたかを示す、初期の代表例として位置づけられる。

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