アレクサンドル・ファデーエフ
- 原綴
- Александр Фадеев
- 生没
- 1901–1956
- 出身
- キムリ(現ロシア・トヴェリ州。幼少期は極東の沿海地方で育つ)
- 国
- ロシア
- 時代
- ソヴィエト期
生涯
1901年、モスクワ近郊のキムリに生まれた。幼いころ一家は極東の沿海地方(沿海州)へ移り、ファデーエフはそこで育つ。革命の時代に十代でボリシェヴィキに加わり、ロシア内戦では極東でパルチザンとして戦った。白軍と、シベリアに出兵した外国軍を相手にした戦闘である。この体験が、最初の主要作の題材になった。
内戦後は文学と、文学行政の両方で頭角を現す。1920年代から30年代にかけて、革命文学の団体で指導的な立場に就いた。1946年にはソ連作家同盟の書記長となり、以後およそ八年、ソ連文学を統率する地位に立つ。この時期は、党の文化政策が最も締めつけの厳しかった時期にあたり、ファデーエフは体制の側で、規範から外れた作家の排除に関わった。
1953年にスターリンが死に、1956年には最高指導者フルシチョフがスターリンの罪を公然と批判する。長く体制の中枢で振るってきた自分の役割と向き合わされたファデーエフは、同じ1956年、拳銃で自殺した。
作風
ファデーエフの小説は、革命と戦争のなかで集団が試される状況を描く。個人の運命よりも、党や部隊といった集団が前に出る。困難のなかで信念を保ち、成長していく人物が中心に置かれ、物語は献身と犠牲を肯定する方向へ進む。社会主義リアリズムが模範とした型を、早い時期から体現した書き手だった。
一方で、その作品は党の要求に合わせて書き直された。代表作の一つは、党の指導的役割の描き方が足りないと批判され、作者自身の手で改訂されている。国家の方針が作品の形を直接左右した例であり、その方針を執行する側にいた作家自身も例外ではなかったことを示している。
作品
『壊滅(Разгром)』(1927年)は、極東のあるパルチザン部隊が追い詰められ、壊滅していくまでを描く。内戦の敗北を正面から扱いながら、生き延びた者が闘いを続ける決意で閉じる。初期の社会主義リアリズムの模範とされた。
『若き親衛隊(Молодая гвардия)』(1945年)は、ドイツ占領下のウクライナの町で、地下抵抗運動を組織した若者たちの実話をもとにする。大きく喧伝されたが、党の指導を軽く描いているとして批判され、1951年に改訂版が出された。
文学史における立ち位置と影響
社会主義リアリズムを、作品と組織の両面から代表した人物である。マクシム・ゴーリキーが運動の象徴だとすれば、ファデーエフはそれを制度として動かした実務家にあたる。作家同盟の書記長として、何が発表を許され何が許されないかを決める側にいた。
その作品は長くソ連で規範的な地位を与えられたが、体制の崩壊後は、統制に加担した経歴とともに評価が大きく揺れた。作品そのものより、社会主義リアリズムの体制がどう作られ、どう作家を縛ったかを考えるうえで欠かせない名として記憶されている。自殺は、その体制の内側にいた者が払った代償の一例として語られる。