エレナ・フェッランテ

原綴
Elena Ferrante
生没
不明–
イタリア
時代
20世紀以降

生涯

「エレナ・フェッランテ」は筆名であり、その本名も、性別も、経歴も、公には明かされていない。1990年代に最初の小説を発表して以来、一貫して匿名を保ち、公の場に姿を見せることを拒み続けている。作品がすべてであって、作者の素性は関係ないという信念によるものとされる。

この徹底した匿名は、大きな話題を呼んだ。世界的な成功をおさめたのちも、その正体は謎のままで、たびたび推測や、正体を暴こうとする試みの対象となった。だがフェッランテは、書簡やインタビューには文書で応じつつ、素顔を明かすことは決してなかった。

作品の舞台や、描かれる女性たちの経験から、南イタリアのナポリと深い関わりをもつ書き手であることがうかがえる。だが、それ以上のことは分かっていない。作品だけが、この作家について語る、唯一の手がかりである。

作風

フェッランテの小説の中心にあるのは、女性の生の、率直で容赦のない描写である。友情、嫉妬、母と娘、結婚、そして自立。女性が経験する感情を、美化することなく、その暗い部分もふくめて、生々しくえぐり出す。読者が目をそらしたくなるような、心の醜い動きまでも、正面から描く。

舞台となるのは、しばしば南イタリアのナポリの、貧しく荒々しい下町である。暴力と貧困、閉鎖的な共同体の掟。そうした過酷な環境から抜け出そうとする女性の闘いが、社会の階級や、教育、言葉の問題とともに描かれる。個人の物語が、同時に、戦後イタリア社会の変化の記録にもなっている。

文体は、力強く、渦を巻くように読者を引き込む。抑制された文学的な技巧よりも、感情のうねりをそのまま伝える語りを選ぶ。この巻き込む力が、世界中の読者を夢中にさせた。

作品

『ナポリの物語』四部作(2011-2014年)

『リラとわたし』に始まる、全四巻の長篇である。ナポリの貧しい下町に生まれた、リラとレヌーという二人の少女の、少女時代から老年までの、生涯にわたる友情と競争を描く。愛憎の入りまじる二人の関係を軸に、戦後イタリアの半世紀を映し出した。この四部作が、フェッランテの世界的な名声を決定づけた。

初期の『わずらわしい愛』『捨てられた女』も、母と娘、あるいは夫に捨てられた女の、心の危機を描いた作品として知られる。

文学史における立ち位置と影響

フェッランテは、二十一世紀の世界文学における、最も注目すべき現象の一つである。『ナポリの物語』四部作は、数十の言語に翻訳され、世界的なベストセラーとなった。この現象は「フェッランテ熱」とも呼ばれた。

その功績は、女性の経験を、これまでになく率直に、そして深く描いた点にある。友情や母性といった主題を、美化された理想像としてではなく、その葛藤や暗部もふくめて描いたことが、多くの読者、とりわけ女性の読者の強い共感を呼んだ。

作者が匿名を貫くという姿勢そのものも、文学のあり方への一つの問いかけとなっている。作家の個性や経歴に注目が集まりがちな現代にあって、作品だけを読者の前に差し出すその態度は、文学とは何かをあらためて考えさせる。現代を代表する作家の一人である。

登場する文学史