プロコピオス

原綴
Procopius
生没
500頃–565以降
出身
パレスチナ・カイサリア
ギリシャ
時代
ビザンツ

生涯

500年ごろ、東ローマ(ビザンツ)帝国の東方、パレスチナのカイサリアに生まれた。法律と修辞学を学び、教養ある人物として身を立てた。

皇帝ユスティニアヌス一世の時代、名将ベリサリウスの秘書・法律顧問として、その遠征に随行した。ベリサリウスは、失われた西方の領土を回復するため、ペルシア、北アフリカ、イタリアへと転戦した。プロコピオスは、この遠征に同行し、戦場を、そして各地の情勢を、みずからの目で見た。この従軍の経験が、歴史叙述の土台となった。

首都コンスタンティノープルに戻ってからも、著述を続けた。皇帝の時代を記録する、いくつかの著作を残した。だがそのなかには、生前には決して公にできない、危険な一冊が含まれていた。565年以降に没した。

作風

プロコピオスの著作は、性格の異なる三つに分かれる。その落差そのものが、この歴史家の特異さを物語っている。

第一が、公式の歴史書『戦史』である。ユスティニアヌス帝の時代に行われた、ペルシア、北アフリカ、イタリアでの戦争を記録した。自ら従軍した経験にもとづく、詳細で信頼性の高い記述であり、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスを手本とした、格調高い歴史叙述である。

第二が、『建築について』である。ユスティニアヌス帝が各地に建てた、教会や要塞などの建造物をたたえた著作で、皇帝への公式の讃辞である。

そして第三が、『秘史(アネクドタ)』である。これは、公式の著作とは正反対の、暴露の書である。プロコピオスは、ここで、ユスティニアヌス帝とその妃テオドラ、そして将軍ベリサリウスらの、私生活の醜聞や、悪政、残虐さを、激しい筆で暴き立てた。表向きは皇帝をたたえながら、ひそかにその暗部を書き残したのである。

作品

『戦史』

ユスティニアヌス帝の時代の、ペルシア戦争、ヴァンダル戦争、ゴート戦争を記録した歴史書である。自ら従軍した経験にもとづき、六世紀の地中海世界の情勢を、詳細に伝える。ビザンツ史の第一級の史料にあたる。

『秘史(アネクドタ)』

公式の歴史書では書けなかった、宮廷の暗部を暴露した著作である。皇帝夫妻や将軍の私生活の醜聞、悪政を、激しく非難した。生前は公にされず、後世に発見された。一人の歴史家の、公式の顔と裏の顔を、生々しく伝える異色の書である。

文学史における立ち位置と影響

プロコピオスは、ビザンツ帝国を代表する歴史家として文学史に名を残す。古代ギリシャの歴史叙述の伝統を受け継いだ最後の大歴史家の一人であり、その『戦史』は、ユスティニアヌス帝の時代を知るうえで、欠かせない史料とされる。

とりわけその名を特異なものにしているのが、『秘史』の存在である。同じ人物が、一方で皇帝をたたえる公式の書を書き、他方で、その皇帝を激しく糾弾する暴露の書を、ひそかに書き残していた。この二面性は、権力の下で歴史を書くとはどういうことかという問いを、生々しく突きつける。公式の記録の裏に隠された真実という主題を、これほど鮮烈に示す例は、歴史叙述のなかでも稀である。

権力の栄光と、その暗部の両方を書き残したプロコピオスの著作は、古代末期から中世へと移りゆく世界の姿を、今日に伝えている。

登場する文学史