オディッセアス・エリティス

原綴
Odysseas Elytis
生没
1911–1996
出身
クレタ島イラクリオン
ギリシャ
時代
近代・現代

生涯

1911年、地中海のクレタ島に生まれた。石鹸を商う裕福な家に育ち、少年期から、エーゲ海の島々の、まばゆい光と青い海に親しんだ。この故郷の風景が、その詩の永遠の源泉になった。

若いころ、フランスから伝わったの詩に出会い、強い衝撃を受けた。理性の統制を離れ、自由なイメージによって新しい世界を開くこの運動を、エリティスは、ギリシャに導き入れた。ただしその暗く不安な雰囲気ではなく、明るく官能的な方向へと、これを作り変えた。

第二次大戦では、イタリアと戦うアルバニア戦線に従軍した。この過酷な戦争の体験は、代表作に、深い陰影を与えた。戦後も詩を書き続け、1979年、ギリシャ人として二人目のノーベル文学賞を受けた。1996年に没した。

作風

エリティスの詩の中心にあるのは、エーゲ海の光である。まばゆい太陽、青い海、白い島々、そこに吹く風。地中海の、輝くような自然の美しさが、明るく、官能的な言葉でうたわれる。北方の詩がもつ憂鬱や陰りとは対照的な、光に満ちた世界が、その詩の基調をなす。

シュルレアリスムの手法が、この世界を支えている。理屈で結びつかない事物どうしを、自由に組み合わせ、思いがけないイメージを生み出す。だがエリティスは、この手法を、暗い無意識の探究のためではなく、目に見える世界の美しさを、より鮮烈に輝かせるために用いた。感覚の喜びを、解き放つための手段としたのである。

ギリシャの伝統との結びつきも、深い。古代ギリシャの神話や、ビザンツの正教会の聖歌、そして民衆の言葉。エリティスは、こうしたギリシャの長い遺産を、現代の詩のなかに織り込んだ。ギリシャという土地の、光と歴史のすべてを、みずからの詩に取り込もうとした。

作品

『アクシオン・エスティ(讃むべきかな、To Axion Esti)』(1959年)

エリティスの最大の代表作とされる、長篇詩である。題は、正教会の聖歌の一節に由来する。ギリシャの自然と歴史、戦争の体験、そして生の讃美を、聖歌のような荘厳な構成のなかにうたい上げた。ギリシャという世界の全体を、光の讃歌として描いた作品にあたる。作曲家テオドラキスによって曲がつけられ、広く親しまれた。

初期の『方位(Orientations)』は、エーゲ海の明るい抒情をうたった詩集で、若きエリティスの出発点を示す。

文学史における立ち位置と影響

ヨーロッパの前衛的な手法であるシュルレアリスムを、ギリシャの伝統と、地中海の明るい光のなかで作り変える。ここにエリティスの独自性がある。セフェリスと並ぶ、現代ギリシャを代表する詩人である。

セフェリスが、歴史の喪失と亡命の哀しみを、抑えた調子でうたったのに対し、エリティスは、生の喜びと、自然の美しさを、明るく官能的にうたった。二人は、現代ギリシャ詩の、対照的な二つの極をなす。この二人が、ともにノーベル文学賞を受けたことは、現代ギリシャ詩の豊かさを、世界に知らしめた。

暗く不安な近代詩が主流となった時代にあって、光と生の讃美をうたい続けたその姿勢は、独自の輝きを放つ。ギリシャの光を、現代の詩に永遠にとどめた詩人とされている。

登場する文学史