アンナ・コムネナ

原綴
Anna Komnene
生没
1083–1153頃
出身
コンスタンティノープル(現・イスタンブール)
ギリシャ
時代
ビザンツ

生涯

1083年、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープル(現・イスタンブール)に、皇帝アレクシオス一世コムネノスの長女として生まれた。当時、ビザンツ帝国は、ギリシャ語を用いる、東ローマ帝国の後継国家だった。皇女として、哲学、歴史、医学、天文学など、当代最高の教育を受けた。深い学識をもつ、非凡な女性だった。

長女として、はじめは自らが帝位を継ぐことも期待された。だが弟が生まれ、その弟が皇帝となった。アンナは、夫を帝位につけようとする陰謀に関わったとされ、失敗した。以後、政治の表舞台から退けられ、修道院で暮らすことになった。

この不遇の晩年に、アンナは、亡き父アレクシオス一世の治世を記録する、歴史書の執筆に打ち込んだ。豊かな学識と、宮廷の内側から見た知識を注ぎ込み、大著を完成させた。1153年ごろに没した。

作風

アンナの歴史書『アレクシアス』は、父アレクシオス一世の生涯と、その治世の出来事を記録したものである。ビザンツ帝国が、東西の敵に囲まれ、危機に瀕していた時代。父帝が、いかに知略と武勇によって、この危機を乗り切ったかを、詳細に描いた。

その文章は、古代ギリシャの歴史家を手本とした、格調高いものである。アンナは、古典の教養を存分に発揮し、意識的に、古めかしい優雅なギリシャ語で書いた。同時代の出来事を、古代の歴史叙述の伝統にのっとって記録しようとしたのである。

娘としての、父への深い敬愛が、全編を貫いている。アレクシオス一世は、ほとんど理想の君主として描かれる。この点で記述には偏りがあることは否めない。だが宮廷の内側にいた者だけが知る、生き生きとした細部や、率直な人物評は、この歴史書に、他にはない価値を与えている。第一回十字軍が、東方を通過したさまを、ビザンツ側から記録した点でも、貴重である。

作品

『アレクシアス(Alexias)』

父アレクシオス一世コムネノスの治世を記録した、全十五巻の歴史書である。ビザンツ帝国が、ノルマン人、遊牧民、そして西欧の十字軍といった、四方の脅威に囲まれた時代を、皇帝がいかに切り抜けたかを描く。第一回十字軍を、ビザンツ側の視点から伝える、第一級の史料でもある。女性が書いた、まとまった歴史書としては、最も早い時期のものに数えられる。

文学史における立ち位置と影響

アンナ・コムネナは、ビザンツを代表する歴史家の一人として、また、女性による歴史叙述の先駆者として、文学史に名を残す。中世において、女性が、これほど本格的な学術的な歴史書を著した例は、きわめて稀である。

その著作『アレクシアス』は、十一世紀から十二世紀のビザンツ帝国を知るうえで、欠くことのできない史料とされる。とりわけ東西のキリスト教世界が交わった、第一回十字軍の時代を、東方から見た証言として、その価値は高い。

皇女として生まれ、帝位への望みを絶たれた不遇のなかで、深い学識を歴史の執筆に注いだその生涯は、中世の知的な女性のあり方を示す、忘れがたい例である。文学と学問の歴史における、際立った女性の一人とされている。

登場する文学史