ヴォイツェク
- 原題
- Woyzeck
- 作者
- ゲオルク・ビューヒナー
- 成立
- 1836年執筆
- 国
- ドイツ
- 時代
- 19世紀
概要
1836年頃に書かれた戯曲である。ビュヒナーは完成させないまま、翌1837年に二十三歳で病死した。未完の断片として残された。
主人公フランツ・ヴォイツェクは、社会の最底辺にいる兵卒である。わずかな給金のために、上官の髭を剃り、雑用をこなし、さらに医者の人体実験の被験者になっている。内縁の妻マリーと、その間の子がいるが、正式な結婚はしていない。
物語は、この貧しい男が、あらゆる方向から抑圧され、精神を蝕まれ、ついに妻を刺し殺すに至る過程を描く。マリーが、軍楽隊の伊達男に心を移したことが、破局の引き金になる。
戯曲は、短い場面の断片が連なる形をとる。筋を順序よく展開するのではなく、断片的な情景が積み重ねられる。この断片性そのものが、後の演劇に大きな影響を与えた。 貧困と抑圧の中で追い詰められる人間を、社会の下層の視点から描いた点で、当時の演劇の常識を大きく超えていた。
ビュヒナーは1813年の生まれ。医学と自然科学を修めた学者であり、同時に、革命的な政治活動に加わった。圧政を告発する非合法の檄文を書き、指名手配されて亡命した。科学者であり、革命家であり、作家という、複数の顔を持つ人物だった。
この戯曲の素材は、実際の事件である。1821年、ライプツィヒで、ヨハン・クリスティアン・ヴォイツェクという男が、内縁の妻を嫉妬から刺殺した。裁判では、被告が心神喪失だったかどうかが争点になり、精神鑑定が行われた。「貧困と環境が人をどこまで追い詰めるか」「その行為に責任能力はあるのか」という問題が、当時、法と医学の場で論じられた。ビュヒナーは、この事件の記録を素材にした。
執筆は1836年頃とみられるが、完成しなかった。ビュヒナーは翌1837年、チフスにより二十三歳で急死した。原稿は、順序の定まらない複数の草稿として残された。
作品が世に出たのは、はるか後である。1879年に初めて活字になり、1913年に初めて上演された。執筆から上演まで、およそ八十年を要したことになる。
文学史における評価と影響
近代演劇、とりわけ自然主義と表現主義の先駆とされる。19世紀前半に書かれながら、その内容と形式は、時代を大きく先取りしていた。上演が20世紀に入ってから実現したことで、この作品は、当時の前衛的な演劇運動に直接の刺激を与えた。
主題の点で、この作品は画期的だった。それまでの悲劇の主人公は、王侯や英雄など、高い身分の人物が中心だった。社会の最底辺にいる無学な兵卒を、悲劇の主人公に据えたことは、演劇の常識を覆すものだった。貧困が人間を破壊する過程を、その当人の視点から描いた点で、後の自然主義演劇を先取りしている。
形式の点でも、革新的だった。整った五幕の構成ではなく、短い場面の断片が連なる。因果を丁寧にたどるのではなく、断片的な情景を積み重ねて、追い詰められる人間の意識を映し出す。この断片的な構成は、後の表現主義や叙事的演劇に受け継がれた。
思想の面では、決定論的な人間観が示される。ヴォイツェクは、自由な意志によって罪を犯すのではない。貧困、身体の衰弱、社会からの抑圧が、この男を殺人へと追い込む。人間は、環境によって規定される存在であるという見方は、当時の観念論的な人間観への挑戦だった。ビュヒナーが科学者・医者であったことと、この視点は無縁ではない。
20世紀には、この作品は繰り返し上演され、高く評価された。アルバン・ベルクは、これをオペラ『ヴォツェック』にしている。無調音楽による前衛オペラの代表作である。
日本でも訳が読める。短く、草稿の断片性を含めて、独特の緊張感を持つ作品である。
あらすじ
(断片として残されているため、場面の順序は編者によって異なる。以下は一般的な構成による。)
兵卒ヴォイツェクは、貧しさゆえに、あらゆる仕事を引き受ける。上官である大尉の髭を剃りながら、道徳について説教される。大尉は、ヴォイツェクが未婚のまま子をもうけたことを、道徳を欠くとなじる。ヴォイツェクは、貧しい者には、道徳を守る余裕さえないという趣旨のことを、たどたどしく答える。
生活費のため、ヴォイツェクは医者の実験台になっている。医者は、豆だけを食べさせる食餌実験をヴォイツェクに課し、その身体の変化を観察して喜んでいる。人間を、実験動物のように扱う。 栄養の偏りと過労から、ヴォイツェクは幻覚や妄想に苦しみ始める。
内縁の妻マリーは、鼓手長——軍楽隊の隊長で、逞しい伊達男——に惹かれる。彼から贈られた耳飾りを、こっそり身につける。ヴォイツェクは、妻の心変わりに気づく。
ヴォイツェクの精神は、貧困、実験による衰弱、そして嫉妬によって、追い詰められていく。幻聴に苛まれ、世界の終わりのような幻を見る。鼓手長にからまれ、殴り倒される屈辱も受ける。
ある夜、ヴォイツェクは、マリーを池のほとりへ連れ出す。そして、隠し持っていたナイフで、マリーを刺し殺す。 マリーは息絶える。
我に返ったヴォイツェクは、凶器のナイフを捨てるため、再び池へ戻る。ナイフを深くへ投げようと、水の中へ入っていく。血のついた自分の体を洗おうとする。(この先は断片が途切れており、ヴォイツェクが溺れ死ぬのか、捕らえられるのか、作者の意図は確定していない。)