町人貴族
- 原題
- Le Bourgeois gentilhomme
- 作者
- モリエール
- 成立
- 1670
- 国
- フランス
- 時代
- 17世紀
概要
1670年10月、国王ルイ十四世の滞在するシャンボール城で初演された五幕の喜劇である。音楽と舞踏を伴うコメディ・バレという形式で、作曲はリュリによる。
主人公ジュールダンは織物で財を成した町人である。四十歳を過ぎてから、貴族になろうと思い立つ。
そのために教師を雇う。音楽、舞踊、剣術、そして哲学。どの教師も、この生徒が何も分かっていないことを承知のうえで金を受け取っている。
同時に、ドラント伯爵という貴族が出入りしている。ジュールダンから金を借り続け、返さない。
末尾に「トルコの儀式」と呼ばれる場面が置かれ、この部分が全体の四分の一近くを占める。
初演の直接のきっかけは、前年の出来事にある。1669年、オスマン帝国の使節がフランスを訪れた。ルイ十四世は豪華な装いで迎えたが、使節はさほど感銘を受けた様子を見せなかったと伝えられる。国王はこれを不快に思い、トルコを扱う余興を求めたという。
モリエールとリュリはこれに応じ、トルコの儀式を含む劇を作った。儀式の場面には、当時の東方研究者から得た知識が使われている。
初演はシャンボール城で、国王の前で行われた。翌月からパリで一般に公開され、成功を収めた。
この作品はモリエールとリュリの共作としては最後に近い。翌1672年、リュリは音楽劇の独占権を国王から得て、他の劇団が音楽を使うことを制限した。モリエールは以後、別の作曲家と組むことになる。
文学史における評価と影響
身分の上昇を扱った喜劇として読まれる。17世紀のフランスでは、商業で財を成した町人が官職を買って貴族になる道があり、実際にそうする者が増えていた。ジュールダンの願望は当時の現実に対応している。
ただし作品はジュールダンを笑いものにするだけではない。ジュールダンから金を取っているのは、教師たちと貴族のドラントである。ドラントは借金を返す気がなく、ジュールダンの金で自分の恋を進めている。作中で最も卑劣に振る舞うのは、身分のある側になっている。
「散文」の場面はよく引かれる。自分が四十年以上散文を話していたと知って驚く場面で、知識の名前を教わっただけで何かを得た気になる状態を示している。フランス語では、この場面にちなむ言い回しが日常語として残っている。
トルコの儀式の扱いには、現在の視点からの議論がある。異国の言葉と儀式を意味のない音として並べる書き方は、当時の東方への関心と偏見の両方を反映している。
コメディ・バレという形式そのものも、この作品で完成度が高いとされる。台詞と音楽と舞踊が、余興として分離せず、筋の一部として組み込まれている。
あらすじ
第一幕・第二幕。ジュールダンの家で、音楽教師と舞踊教師が待っている。二人は、この客が趣味を解さないことを認め合いながら、金払いの良さを喜んでいる。
ジュールダンが部屋着で現れる。貴族はこういう格好をするものだと信じている。
音楽の演奏を聴き、舞踊を習う。次に剣術教師が来る。三人の教師が、自分の技芸こそ最も重要だと言い争い、取っ組み合いになる。
哲学教師が来て、仲裁しようとするが、自分も加わって殴り合いになる。
その後、哲学教師がジュールダンに授業をする。ジュールダンは、ある侯爵夫人に手紙を書きたいという。教師は、それは韻文か散文かと尋ねる。ジュールダンはどちらも嫌だと言う。教師は、書き方はその二つしかないと説明する。
そこでジュールダンが気づく。では自分が「マリー、スリッパを持ってきておくれ」と言うのは。教師が、それは散文ですと答える。ジュールダンは驚く。自分は四十年以上、散文を話していたのに、それを知らなかった。
仕立屋が来て、注文した服を届ける。花の柄が逆さまに付いている。ジュールダンが指摘すると、仕立屋は、貴族はそう着るのだと答える。ジュールダンは納得する。仕立屋の職人たちが「殿さま」「閣下」「大公さま」と呼びかけるたび、ジュールダンは祝儀を出す。
第三幕。妻と女中ニコルがジュールダンを笑う。妻は、身分をわきまえろと言う。
ドラント伯爵が来る。これまでの借金の額をジュールダンが読み上げると、合計一万五千八百リーヴルになる。ドラントはさらに二百ピストル借りる。
ドラントは、ジュールダンが想いを寄せる侯爵夫人ドリメーヌを連れてくると約束している。実際にはドラント自身がこの女を狙っており、ジュールダンの金で贈り物をし、自分の名で渡している。
娘リュシルと若者クレオントが愛し合っている。クレオントが結婚を申し込むと、ジュールダンは貴族かと尋ねる。クレオントは正直に、貴族ではないと答える。ジュールダンは断る。
第四幕。晩餐の席にドリメーヌが来る。そこへジュールダンの妻が戻り、騒ぎになる。
クレオントの従者コヴィエルが策を出す。トルコの皇帝の息子が、リュシルを娶りたがっている、という筋書きである。
第五幕。クレオントがトルコの皇子に扮して現れる。意味のない言葉を並べ、コヴィエルが通訳する。
ジュールダンをトルコの高位「ママムシ」に叙する儀式が行われる。音楽と踊りを伴い、意味不明の言葉が唱えられ、ジュールダンは背中を杖で叩かれ、コーランを頭に載せられる。ジュールダンは満足する。
儀式が済むと、ジュールダンは娘の結婚を認める。相手が皇子だと信じている。妻も事情を知って加わる。ドラントとドリメーヌも結婚することになる。
全員がバレエを踊って幕になる。