不思議の国のアリス
- 原題
- Alice's Adventures in Wonderland
- 作者
- ルイス・キャロル
- 成立
- 1865
- 国
- イギリス
- 時代
- ヴィクトリア朝
概要
1865年に刊行された児童文学である。作者ルイス・キャロルは本名をチャールズ・ドジソンといい、オックスフォード大学の数学者だった。
物語の枠組みは単純である。退屈していた少女アリスが、服を着てしゃべる白い兎を見つけ、追いかけて兎穴に落ちる。落ちた先は常識の通用しない世界だった。アリスはそこで体が大きくなったり小さくなったりを繰り返しながら、次々に奇妙な生き物と出会う。
魅力は論理の遊びと言葉遊びにある。この世界の住人たちは大真面目に奇妙な理屈をこねる。会話は言葉の多義性や論理のずれを利用したナンセンスに満ちている。数学者らしい厳密さが、かえってばかばかしさを生んでいる。
当時の児童文学は子どもに教訓を教えるためのものだった。この作品にはそれがない。面白いというだけの理由で書かれている。
成立には有名な逸話がある。1862年の夏、ドジソンは同僚の三人の娘を連れてテムズ川へボート遊びに出かけた。その三姉妹の一人がアリス・リデルという少女である。ドジソンは船を漕ぎながら、退屈しのぎに即興で物語を語り聞かせた。それがこの物語の原型にあたる。
アリスが書いてほしいとせがんだことから、ドジソンはそれを文章にまとめ、自分で挿絵を描いた手書きの本を贈っている。それをさらに書き改め、分量を倍近くに増やしたものが1865年に刊行された。
ドジソンと少女たちとの関係は、後世さまざまな憶測を呼んできた。ただし当時の日記の一部が家族によって破棄されており、確かなことは分かっていない。
刊行は大成功を収めた。1871年には続篇『鏡の国のアリス』が出ている。こちらはチェスの盤面を下敷きに、鏡の向こうの左右が逆になった世界を描く。
文学史における評価と影響
ナンセンス文学の最高傑作とされる。ナンセンスとは、意味の通らないばかばかしさを意図して追求する文学である。
ただしこの作品のナンセンスは、単なるでたらめではない。言葉の規則や論理の手続きを厳密に守った結果として、常識が崩れていく。誰も何も言わないことより多く言った、といった形の言葉遊びが随所にある。この知的な遊びの精神が、この作品を子ども向けのお話から区別している。
児童文学における意義も大きい。それまでの児童文学は道徳を教えるためのものだった。この作品には教訓がない。面白さのためだけに書かれている。この解放が児童文学の新しい時代を開いた。子どもの想像力と遊びを、そのまま肯定している。
言葉と論理の遊びは、後の文学にも思想にも影響を与えた。哲学者や論理学者がこの作品のパラドックスをしばしば論じてきた。奇妙な問答が、言語や論理の性質を逆から照らし出すためである。
作品のイメージは、ジョン・テニエルによる原作の挿絵とともに世界中に広まった。にやにや笑うチェシャ猫、帽子屋のお茶会、首をはねよと叫ぶ女王。いずれも原作を読んだことのない人にも知られている。
日本でも明治期から繰り返し訳されてきた。言葉遊びをどう置き換えるかで訳者の判断が大きく分かれ、訳によって印象がかなり変わる作品でもある。
あらすじ
姉のそばで退屈していたアリスは、チョッキを着て懐中時計を持った白い兎が、遅刻すると呟きながら走っていくのを見る。好奇心から追いかけ、兎穴に真っ逆さまに落ちていく。
落ちた先で奇妙な冒険が始まる。まず体の大きさが勝手に変わる。小さな瓶の液体を飲むと縮み、菓子を食べると伸びる。ちょうどよい大きさになれず、扉をくぐれない。大きかったときに流した涙が池になり、小さくなったアリスはそこで溺れかける。
次々に妙な者たちと出会う。水煙管を吸う青虫は、おまえは誰だと問い詰めてくる。チェシャ猫は姿を消しても、にやにや笑いだけが宙に残る。三月兎と帽子屋が開くお茶会では時間が午後六時で止まっており、席を移りながら永遠にお茶を飲み続けている。会話はことごとく噛み合わず、屁理屈と言葉遊びばかりが続く。
やがてアリスはトランプの女王が支配する庭に着く。ハートの女王は気に入らないことがあるとすぐに首をはねよと叫ぶ癇癪持ちである。ハリネズミを球に、フラミンゴを槌にしためちゃくちゃなクロッケーの試合が行われる。
物語は裁判の場面で頂点に達する。誰かが女王のタルトを盗んだという罪で裁判が開かれるが、証言も手続きもすべてでたらめである。証人として呼ばれたアリスは、この理不尽に次第に腹を立てる。女王がまず判決を、証拠はその後で、と無茶を言ったところで、アリスはついに、あなたたちなんてただのトランプのカードじゃないのと叫ぶ。
その瞬間、トランプの一団が宙に舞い上がってアリスに襲いかかる。アリスは悲鳴を上げて目を覚ます。すべては姉のそばでまどろんでいたあいだの夢だった。